レンガが語るインダス文明の暮らしと祈り

インダス文明のレンガ造りの街路を、土器を持つ成人たちが行き交う場面。 完新世

問1 都市と印章

成熟期(紀元前2600〜前1900年頃)のインダス文明について、正しいものを一つ選んでください。

  • (ア)現在のパキスタンのシンド地方にモエンジョ=ダーロ、パンジャーブ地方にハラッパーという代表的な都市遺跡がある。
  • (イ)両都市では計画的な街路やレンガ造りの建物、排水設備が確認され、モエンジョ=ダーロには大浴場と呼ばれる施設がある。
  • (ウ)凍石(とうせき)製などの印章に動物の図像やインダス文字が刻まれ、文字には広く合意された解読がまだない。
  • (エ)(ア)〜(ウ)のすべてが正しい。

問2 レンガと重さの規格

インダス文明の建築と度量衡(どりょうこう)について、最も適切なものを一つ選んでください。

  • (ア)すべての都市のレンガは寸法も材質も無秩序で、共通する比率は見られない。
  • (イ)長さ・幅・厚さがおよそ4対2対1のレンガや、一定の系列に従う石製の分銅(ふんどう)があり、目盛りのある測長具(そくちょうぐ)も出土している。
  • (ウ)鉄器だけが使われ、銅や青銅の技術はなかった。
  • (エ)都市の外との交易は行われなかった。

問3 印章と土偶から信仰を考える

インダス文明の精神文化を考える方法として、最も適切なものを一つ選んでください。

  • (ア)角のある頭飾りを着けて座る人物の印章を、後のシヴァ神やヨーガと結び付ける説があるが、直接の連続性が証明されたわけではない。
  • (イ)女性土偶を母神とみなす解釈がある一方、形だけで用途や神名を決めず、出土した状況などを調べる必要がある。
  • (ウ)インダス文字は完全に解読され、全都市に共通する唯一の教典と神名が分かっている。
  • (エ)(ア)と(イ)の両方が正しい。

インダス文明の街を理解する入口は、王の名前よりも、足元のレンガや水の通り道にあります。
道路、家、井戸、分銅を並べて見ると、大勢の暮らしを支える工夫が浮かび上がります。
その一方、印章の文字や神々の名には、まだ読み切れない部分が残っています。

形のそろった道具と、意味を探る図像。
その両方から、人々が築いた都市と心の世界をたどれます。

今回はモエンジョ=ダーロの道を歩くように、水、建築、商売の順に都市を見ていきます。
そこから小さな印章や土偶へ目を移し、最後に三つの問題を詳しく解きほぐします。
確かに残る物の特徴と、その意味を考える学説を結び付けることが、旅の手掛かりです。

1.最盛期の都市は、現在のどこにあったのか

インダス文明は、現在のパキスタンとインド北西部などに広がった、青銅器時代の文明です。
大都市、印章、共通する工芸品や規格が発達した成熟期は紀元前2600〜前1900年頃に当たります。
この年代は文明に関わる人々の歴史全体ではなく、都市社会が特に栄えた段階の目安です。

代表的な二つの都市を、まず南北に置いてみます。
モエンジョ=ダーロはインダス川下流域のシンド地方に、ハラッパーはその北東、パンジャーブ地方にあります。
ハラッパーはラーヴィー川の流れと結び付いた場所で、二都市とも、現在のパキスタンに属します。

ただし、インダス文明を二つの都市だけで考えると、その広がりを見失います。
南東のグジャラート地方には、ドーラーヴィーラという重要な都市もありました。
現在のインドに位置し、石を多く使った建築や貯水施設が特徴です。
共通する文化を持ちながら、土地ごとに都市の造り方は違っていたのです。

ハラッパー、モエンジョ=ダーロ、ドーラーヴィーラとインダス川、アラビア海の位置関係を示す概略地図。

ハラッパーから南西へ目を移すとモエンジョ=ダーロ、さらに南東にはドーラーヴィーラがあります。
地図は都市の位置関係を示す概略図です。
現在の川の位置から、数千年前の流路や海岸線まで同じだったと決めることはできません。

2.家から街路へ、水の道をたどる

家の前に立つと想像してみます。
広い道と細い道が街区を分け、その内側には住まいや作業の場所があります。
主要な街路を方向や区画に合わせて整えた都市の姿は、碁盤目(ごばんめ)状の計画と説明されます。
ただ、全都市の細道まで同じ幅で一直線だったという意味ではありません。

モエンジョ=ダーロでは、レンガで内側を囲んだ井戸や、水を使う床、排水溝が確認されています。
水を手に入れる場所と、使った水を外へ出す場所の両方が、住まいの近くにありました。
水道の蛇口をひねる暮らしとは違っても、水を運び、使い、流す仕事は都市生活の一部です。

家の水を使う床から小さな溝を通り、街路沿いの覆いのある排水溝へつなぐ例があります。
モエンジョ=ダーロの一つの工房にも、井戸とレンガの床から、街路の覆い付き排水溝へ向かう小さな溝が残っています。
家や工房を一軒だけで見るより、街路まで視線を伸ばすと、設備がつながって働く姿を捉えられます。

覆いがある溝は、その上を人が通る場所とも両立しやすくなります。
一方で、水の道は、ふさがれば役目を果たせません。
都市の設備を理解するには、造った時の整然とした姿に加えて、日々使う人の仕事を思い浮かべることも大切です。
誰がどの制度で管理したかまで、排水溝だけから決まるわけではありません。

インダス文明の住居で、成人二人が水を使う床と小さな排水溝を確かめる二コマ漫画。

水を使う場所から流れ先まで、暮らしの動作は設備と結び付いていました。
レンガの街は、建物の集まりであるとともに、人々が水を扱う場所でもあったのです。

大浴場は、どれほど大きかったのか

モエンジョ=ダーロの大浴場と呼ばれる水槽は、南北がおよそ12メートル、幅7メートル、最大の深さ2.4メートルです。
両端には水槽へ下りる階段があり、レンガを緻密(ちみつ)に組み、防水のため天然アスファルトなどを用いていました。
大きさだけでなく、水をため、漏れを抑える造りに注目すると、技術の具体像が見えてきます。

水を用いた特別な儀礼(ぎれい)や清めに関わったと考える説があります。
しかし、誰が、いつ、どのような手順で使ったかは、施設の形だけでは読み切れません。
現代の銭湯や温水プールと同じ営業の仕組みを重ねず、大規模で防水性の高い水の施設として、残る証拠から考えていきます。

インダス文明の大型レンガ水槽を、両端の階段と水をためる構造が分かる角度から示した場面。

同じ文明でも、水への備え方は違う

ドーラーヴィーラでは、乾燥した環境の中で、季節的な水の流れを利用する貯水施設や排水設備が整えられました。
石造りの施設が多い点も、モエンジョ=ダーロの印象とは異なります。
井戸、街路の排水、大きな貯水槽を比べると、都市計画とは一つの設計を丸ごと複製することではなく、その土地で暮らすための選択だったと分かります。

3.レンガの比率が、建物のつながりを作る

街の壁に近づくと、一個ずつのレンガにも秩序があります。
よく知られる比率は、長さ・幅・厚さが、およそ4対2対1です。
厚さを1とすれば、幅はその2倍、長さは4倍になります。
たとえば7・14・28センチのレンガなら、長さから並べると28・14・7という関係です。

モエンジョ=ダーロでは、住居に使うレンガと、大きな基壇(きだん)などに使うレンガに、異なる寸法で同じ比率を取る例があります。
したがって、比率が共通することと、すべての場所ですべてのレンガが同じセンチ数であることは別です。
時代や用途に応じた寸法の違いも、建物を調べる手掛かりになります。

長さと幅が簡単な倍の関係にあれば、向きを変えながら組み合わせる様子を考えやすくなります。
一個の大きさに注目するだけでなく、隣のレンガとどう接し、壁の中でどう並ぶかを見るのです。
規格は、職人が作る物と、それを受け取って積む人の仕事をつなぐ共通の約束として理解できます。

また、使われたのは焼いたレンガだけではありません。
日干しレンガと焼成(しょうせい)レンガを使い分け、地域によっては石も多く利用しました。
焼成レンガは粘土を形にして火で焼いた材料で、日干しレンガは乾燥させて作ります。
都市の建築は、材料、作り方、使う場所を組み合わせた技術でした。

4.小さな分銅が、遠くの取引を支える

今度は、家の壁から、商売で使う小さな石へ目を移します。
度量衡とは、長さ・容積・重さを測るための単位や仕組みのことです。
インダス文明では、丁寧に切り整えられた立方体の石製分銅が出土しています。
分銅は商品そのものではなく、重さを比べるための基準です。

よく知られる小さい重さの系列には、1、2、4、8、16、32と、二倍ずつ増える関係があります。
これを二進的な系列と呼びます。
一方、大きな重さでは十進的な関係なども見られます。
さまざまな大きさの分銅を組み合わせ、扱う量に合わせて量る仕組みがあったことが読み取れます。

ここでの1や2は、系列の比を示すための数字です。
最小単位を現代の1グラムと同じものとして読むわけではありません。
また、二倍の系列を使うことから、現在のコンピューターと同じ数学や計算法まで知っていたと結論することもできません。
出土品の重さを測って分かる規則と、当時の人が数をどう呼び書いたかは、異なる問いです。

成人の商人たちが、小さな石製分銅と天秤で商品を量る二コマ漫画。

取引相手と重さの基準を共有できれば、何をどれだけ渡すかを確かめやすくなります。
分銅は小さくても、離れた都市で物を交換する仕組みを考えるうえで、大きな意味を持ちます。

もし古代の商人が現代の会議に参加したら、「認識をそろえましょう」と言う前に、まず双方の分銅を机へ置くかもしれません。
共通認識にも、文字どおり重みがあったのです。
物を量る基準が共有されることは、言葉だけでは確かめにくい取引を支えます。

定規の目盛りと、現代の単位を分ける

モエンジョ=ダーロからは、線や丸印が刻まれた貝殻製の測長具も見つかっています。
両端が欠けた小さな品ですが、目盛りを繰り返して長さを測ろうとした工夫がうかがえます。
出土する測長具は多くなく、誰もが同じ種類の定規を持っていたとまでは言えません。

昔の研究者は、その目盛りを現代のインチなどで測り、単位のまとまりを検討しました。
これは遺物を現在の単位で記述することと、古代人が現代と同一のインチ制度を使ったこととを分けて読む必要があります。
肘(ひじ)や手など身体を基準にした測定も議論されていますが、文明全体で使われた長さの単位が、一つに確定しているわけではありません。

分銅やレンガに共通性があると、統一された制度を思い浮かべたくなります。
ただ、規格の共通性だけで、全都市を支配した一人の王や、その王が発した命令の内容まで復元することはできません。
人々が共有した技術や取引の慣行も含め、共通する仕組みがどう広がったかを考える余地があります。

5.印章は、商売の道具であり、意味を探る窓でもある

小さな四角い面に、動物と短い記号列が並ぶ。
インダス文明を象徴する遺物の一つが印章(いんしょう)です。
凍石と呼ばれる石などを加工し、焼いた品が知られています。
凍石はステアタイトとも呼ばれ、印章の材料名として覚えると、文字や動物の図像と区別しやすくなります。

印章には、こぶ牛、水牛、ゾウなどの動物のほか、一角獣と呼ばれる姿もあります。
そこに何を込めたかを考える前に、どの動物が、どの姿勢で、どんな記号と組み合わされているかを確認します。
図像は飾りにも見えますが、所有や所属、地位などを示す働きとの関係も考えられています。

荷を結ぶ紐(ひも)の上の粘土に印を押すと、開封の際に封泥(ふうでい)が壊れる仕組みになります。
印章の役割をこうした物の扱いと結び付けると、机の上の美術品とは違う姿が見えてきます。
ただし、すべての印章が同じ荷物に、同じ方法で使われたと決める必要はありません。
印章本体と、実際に押された痕跡の両方を調べることが重要です。

インダス文明の成人二人が、紐で結んだ荷物の粘土へ小さな印章を押す二コマ漫画。

物をまとめて送り出す仕事には、中身だけでなく、誰に関わる荷かを示す工夫も関係していました。
印章は、工芸と交易、記号を使う営みが重なる場所にあります。

文字が残ることと、言葉を読めることの違い

インダス文字には、広く合意された解読がまだありません。
記号の形や並び方を調べる研究は進んでいますが、文字の存在から、使われた言語や文章の意味がすべて分かるわけではありません。
動物の図と、その上にある記号列も、同じ種類の情報としてまとめないことが大切です。

「象形文字」と紹介されることもありますが、形が何かに似ていることだけでは、その記号が物の意味を表すのか、音を表すのかは決まりません。
記号列が短い資料が多いことも、解釈を確かめる難しさにつながります。
読み方を一つ提案することと、多くの資料に適用できる解読として広く認められることには、隔たりがあるのです。

海の向こうの文書に現れるメルッハ

一方、遠いメソポタミアの文書には、メルッハという地名が登場します。
インダス文明圏と関わる地域を指すと考えられ、船や遠方の物資についての記録が残っています。
紅玉髄(こうぎょくずい)、カタカナではカーネリアンと呼ぶ赤い石や、貝製品などは、交易を考える具体的な手掛かりです。

メルッハからの木材などに言及する文書と、各地で出土する品物を照合することで、交流の姿をたどれます。
象牙についても交易品として検討されますが、すべての素材の産地や運び手を同じ精度で確定できるわけではありません。
相手側の記録が読めることは助けになりますが、それだけでインダスの印章の文字が読めるようになるわけでもありません。

6.角のある人物と女性土偶は、何を語るのか

印章の中には、角のある頭飾りを着けた人物が、脚を曲げて座る姿を表したものがあります。
周囲の動物や姿勢に注目し、後のヒンドゥー教のシヴァ神やヨーガと結び付ける解釈が生まれました。
プロト・シヴァ、つまりシヴァ神の原型という呼び名は、そうした解釈を反映しています。

ただ、人物の神名が読めたために、その名で呼ばれているわけではありません。
顔の見え方や身体の表現にも議論があり、三面の男性神といった細部を確定情報として積み上げると、解釈を証拠そのものへ置き換えてしまいます。
座る姿が似ていることは比較のきっかけになりますが、特定の修行体系の存在まで直接示すものではありません。

後の宗教との類似を指摘する説はありますが、インダス時代から切れ目なく続く信仰やヨーガの系譜が証明されたわけではありません。

これは、人々に精神文化がなかったという意味ではありません。
動物や人物を選んで表す行為には、当時の人に通じる意味があったはずです。
その意味を、後の時代の名前だけで埋めず、遺物の組み合わせと出土した場所から少しずつ探っているのです。

女性の姿をした土偶を、どう読むか

土を形作って焼いた女性像などの土偶(どぐう)も、多く出土しています。
母神や多産への祈りと結び付ける説は、これらを理解しようとする解釈の一つです。
一方、女性の姿であることだけを根拠に、すべてを同じ女神と決めることはできません。

発掘調査では、土偶の作り方、装飾、見つかった層や周囲の物を調べます。
ハラッパーの調査報告には、女性像の多い資料群があっても、形や数だけから元の用途が直ちに分かるわけではないことが示されています。
墓地の近くで見つかった物でも、墓の埋葬時に置かれたのか、後の堆積(たいせき)から出たのかで、考えられる意味は変わります。

インダス文明の成人の作り手が、土の小さな人物像に装飾を付ける作業場面。

土を選び、形を整え、装飾を付ける。
小さな像も、人の手による制作の積み重ねから生まれました。
作られた物の特徴を丁寧に見ることが、その意味を考える出発点になります。

リンガという後の宗教の呼び名で紹介されてきた石製品や、豊穣(ほうじょう)の象徴とされた環状の石にも、用途をめぐる議論があります。
ドーラーヴィーラなどでは、環状の石を柱の部材として理解できる例が知られています。
建築に使われた物が象徴的な意味を持つこともあり、実用と信仰を単純な二者択一にする必要もありません。

7.都市の変化と、続いていく人々の歴史

成熟期の終わりである前1900年頃は、地域ごとに都市や居住のあり方が変わっていく時期です。
雨や河川の環境変化が、農業や定住の条件に影響したとする研究があります。
ただ、一つの年に全都市が消え、人々の文化も一斉になくなったという姿では捉えられません。

都市の規模や居住地の分布の変化をたどると、人々が違う場所や生業(なりわい)へ適応していく歴史も見えてきます。
後のヴェーダ文化とインダス文明は、学習上は時代と資料の性格を分けて整理します。
しかし、それを文化的なつながりが一切なかったという断定へ変えることはできません。
後世との関係は、個々の遺物や慣行ごとに検討する問いです。

8.三つの問題を、物の特徴と解釈から解く

都市と遺物を見るための三つの視点
対象確かめる特徴そこから考えること
都市の設備街路、井戸、家から街路への排水、大浴場水を得て使い、都市の中で扱う仕組み
レンガと分銅寸法の比率、重量の系列、地域や用途の違い建築や取引で共有された基準
印章と土偶素材、形、記号、図像、出土した状況使用や信仰の解釈を、証拠と照らして考える

問1の解答:(エ)――都市ごとの特徴を、場所と組み合わせる

(ア)は二都市の位置、(イ)は街路・建物・排水とモエンジョ=ダーロの大浴場、(ウ)は印章と未解読文字を述べています。
すべて正しいため、答えは(エ)です。
代表的な特徴を覚えるときは、どの遺跡で確認されたかまで添えると、文明全体の共通点と都市ごとの差を両立して理解できます。

特に大浴場は、モエンジョ=ダーロの施設として押さえます。
どの都市にも同じ大浴場がそろっていたと考える必要はありません。
また、道路や排水設備が計画的だからといって、都市のすべての場所が同じ設計や材料だったわけでもありません。
ドーラーヴィーラの石造建築と貯水施設を加えると、その多様性が具体的になります。

問2の解答:(イ)――比率・重さ・長さを分けて理解する

正しいのは(イ)です。
レンガにはおよそ4対2対1の比率、分銅には重量の系列、測長具には繰り返す目盛りという、それぞれ異なる規則が見られます。
すべてを「十進法」という一語にまとめず、何を測り、どのような関係があるのかを分けます。

(ア)は共通する比率を否定するため不適切です。
(ウ)の鉄器だけという説明も、銅や青銅などの金属技術と合いません。
(エ)の孤立した社会という説明は、メソポタミアなどとの交流を示す遺物や記録と合いません。
物の寸法をそろえる仕事と、量を確かめて交換する仕事の両方に目を向けることが、この問題の要点です。

問3の解答:(エ)――学説の存在と、証明されたことを区別する

(ア)はシヴァ神・ヨーガとの関連説とその限界、(イ)は女性土偶の解釈と調査方法を説明しています。
両方が正しいため(エ)です。
(ウ)の完全解読と唯一の教典の確定は、現在の資料の状態に当てはまりません。

信仰の問題では、「何も分からない」と「後の宗教と同じだ」の間に、広い研究の余地があります。
角のある頭飾り、座り方、周囲の動物、土偶の装飾などは実際に観察できる特徴です。
それをどの神や儀礼に結び付けるかは、比較と出土状況、年代を踏まえて考える段階になります。

この区別は、精神文化を学ぶ楽しさを減らすものではありません。
名前を一つ当てて終えるより、何が共通し、どこに隔たりがあり、どの証拠があれば考えを確かめられるかを問うことで、小さな遺物が伝える世界を深く読めるようになります。

まとめ

インダス文明の都市を支えたのは、道を区切り、水を得て流し、レンガや分銅の基準を共有する人々の仕事でした。
その仕組みは広い地域に共通性を持ちながら、土地ごとの違いも含んでいました。

一方、印章や土偶は、人々が使った道具や、その象徴・信仰を考える入口です。
残る物の特徴と、その意味についての学説を分けて読むと、未解読の文字がある世界にも、暮らしの手触りと研究の面白さを見いだせます。

関連記事

参考資料