文字をゼロから選び直したら?600年前に設計されたハングルから考える世界共通文字

コラム

もし明日、「世界中で使う文字を一つに決めましょう」と言われたら、皆さんは何を選ぶでしょうか。

英語やスペイン語でおなじみのABCでしょうか。ロシア語などに使われるキリル文字でしょうか。それとも、日本人としては、ひらがなを推薦してみましょうか。丸くて親しみやすいのは確かですが、世界会議で「では『ゔぁ』をどう扱いますか」と聞かれたあたりから、少々雲行きが怪しくなりそうです。

そこで候補に挙げてみたいのがハングルです。

ハングルは、朝鮮王朝の世宗の時代、1443年に新しい文字として創製され、1446年にはその目的と制字原理を説明する『訓民正音』が世に出ました。2026年から数えれば約580年前ですから、タイトルでは大きく丸めて「600年前」としました。

この文字が興味深いのは、単に古いからではありません。「どんな音を、どのような形で書けば、人が使いやすいのか」を考えて意図的に設計されたことが、かなりはっきり分かっているからです。

では、人類がこれまでの歴史をいったん忘れ、文字だけをゼロから選び直すとしたら、ハングルは本当に合理的なのでしょうか。

先に結論を言えば、文字そのものの規則性ではハングルはかなり有力です。ただし「世界共通文字として最も合理的」とまで言うには、いくつもの難問が残ります。

今日は少し大きな黒板を用意したつもりで、その難問まで含めて考えてみましょう。

  1. まず確認したい。「世界共通語」と「世界共通文字」は別の話
  2. そもそも「合理的な文字」とは何だろう
  3. 約600年前、「文字を設計する」という大仕事が始まった
    1. 1443年に作られ、1446年に原理まで説明された
    2. 子音の形に「発音する口」が入っている
    3. アルファベットのように分け、漢字のように一まとまりで見せる
  4. それでは開幕、「世界共通文字選手権」
    1. ラテン文字――最大の武器は「もう世界中にいる」こと
    2. キリル文字――ロシア語だけの文字ではない
    3. 日本のかな――日本語では優秀でも、世界大会では条件が変わる
    4. ハングル――設計思想だけで競うと、やはり強い
  5. ハングルにも「世界共通文字」として困るところがある
    1. 最大の問題――世界には韓国語にない音がある
    2. 「発音を正確に書ける文字」が、必ず一番便利なのか
  6. 実は「世界の音を書く」だけなら、別の強豪がすでにいる
  7. もし火星に新しい国を作るなら、ハングルを選ぶだろうか
  8. ところが地球では、「合理性」より強いものがある
  9. 「ハングルは世界一優秀な文字」と言ってしまってよいのか
  10. では結局、ハングルは世界共通文字になれるのか
  11. 600年前の本当の驚きは、「文字は設計できる」と考えたこと
  12. よくある疑問
    1. スペイン語も表音文字ではないのですか?
    2. ロシア語のキリル文字も表音文字ですか?
    3. では本当に世界共通文字を作るなら何が一番よいのでしょうか?

まず確認したい。「世界共通語」と「世界共通文字」は別の話

最初に用語を一つ整理しておきましょう。ここを混同すると、話がまったく別の方向へ走ってしまいます。

韓国語は言語で、ハングルは文字です。

同じように、スペイン語は言語で、主に使っている文字体系はラテン文字です。ロシア語は言語で、主にキリル文字を使います。日本語では漢字、ひらがな、カタカナなどを組み合わせています。

したがって今回考えるのは、「世界中の人に韓国語を話してもらおう」という話ではありません。

仮に日本語を話す人も、スペイン語を話す人も、ロシア語を話す人も、それぞれ自分の言語を保ったまま、書くときに共通する一つの文字体系を使うとしたら、どんな文字が合理的だろうか、という思考実験です。

言語と文字は同じものではありません。この区別は、今回のコラムでは最後まで大切になります。

そもそも「合理的な文字」とは何だろう

ここでいきなり「ハングルは合理的です」と言ってしまうと、結論ありきの話になってしまいます。

ですから先に審査基準を決めましょう。試合が始まってから自分のひいきの選手だけルールを変えるのは、歴史研究でもスポーツでも、あまり褒められたことではありません。

今回は、世界共通文字を考えるうえで次の5点を比べます。

比較する条件 見るポイント
覚えやすさ 基本となる文字や規則が多すぎないか
音との対応 文字を見て発音を推測しやすいか
他言語への拡張性 さまざまな言語の音を表せるか
実用性 読む、書く、入力するうえで扱いやすいか
社会的な導入可能性 既存の文字から変更する負担に耐えられるか

ここで最後の「社会的な導入可能性」を入れたことが、後で効いてきます。

なぜなら、設計として優秀な文字と、現実の世界で採用しやすい文字は同じとは限らないからです。

約600年前、「文字を設計する」という大仕事が始まった

1443年に作られ、1446年に原理まで説明された

国立ハングル博物館やユネスコ「世界の記憶」の資料によると、朝鮮王朝第4代国王の世宗は1443年に新しい文字を創製しました。当時は「訓民正音」と呼ばれます。

そして1446年、その文字を作った目的や使い方、文字がどのような原理から作られたかを説明する『訓民正音』が刊行されました。

ここが歴史上たいへん面白いところです。

文字の多くは、ある日突然完成品として現れたわけではありません。長い時間をかけて形を変え、別の民族や言語へ伝わり、また形を変えるという歴史をたどります。

もちろんハングルにも、それ以前の東アジアの文字文化や音韻研究という歴史的背景があります。しかし『訓民正音』の場合は、誰が、いつ、何を目的として新しい文字を作ったのか、さらにその設計思想まで分かる史料が残っている点が非常に特徴的です。

創製当初の文字は子音17字、母音11字の計28字でした。現代韓国語で基本字母とされるのは子音14字、母音10字の24字です。

600年近い時間が経っているのですから、作られた当時と現在がまったく同じというわけではありません。ここも「完成した万能文字が1443年に突然降ってきた」と考えないほうがよいところです。

子音の形に「発音する口」が入っている

ハングルの有名な特徴の一つが、基本子音の設計です。

国立ハングル博物館や韓国国立国語院の解説では、基本となる子音字は、発音するときに使われる舌、歯、喉などの発音器官の形や位置関係を参考にして作られたと説明されています。

さらに、基本となる字形へ画を加えることで、関連する音を表す文字を展開する仕組みもありました。

つまり、文字の形と音の分類との間に、ある程度の規則を持たせようとしているわけです。

一般的なアルファベットでは、「なぜAがこの形なのか」「なぜBはこの音なのか」を現在の字形だけから説明することは困難です。長い歴史の中で形や音価が変化してきたからです。

ところがハングルでは、少なくとも創製時の基本字形について、文字の姿と発音方法を関連づけて理解できる。これは「ゼロから合理的な文字を設計する」という今回の思考実験では、かなり大きな得点になります。

アルファベットのように分け、漢字のように一まとまりで見せる

もう一つ面白いのが、ハングルの文字の並べ方です。

現代のハングルでは、子音と母音を表す字母(jamo)を組み合わせ、一つの音節を四角いまとまりに配置します。

たとえば「한」は、ㅎ・ㅏ・ㄴという要素からできています。

考え方としては、子音と母音を別々の字母にする点でアルファベット的です。しかし実際に読むときには、それらが一音節ごとのブロックとして目に入ってきます。

Unicodeの現在の仕様でも、ハングルは個別の子音・母音字母を組み合わせて音節ブロックを構成する文字体系として扱われています。現代ハングルについては、Unicode上で11,172個の合成済み音節ブロックも定義されています。

ここで「11,172種類の音を表せる」と考えるのは正確ではありません。これはUnicodeで組み合わせ可能な現代ハングルの音節ブロック数であって、人間の発音を11,172種類に分類した数字ではありません。

数字が大きいと、つい「すごい性能だ」と言いたくなるものですが、数字は何を数えたものなのか確認してから感心するのが歴史家の癖です。

それでは開幕、「世界共通文字選手権」

ここまで聞くと、ハングルがかなり有利に見えてきます。

しかし世界にはすでに強豪がいます。ここからは、同じ基準で対戦させてみましょう。

ラテン文字――最大の武器は「もう世界中にいる」こと

最初の強豪は、ABCでおなじみのラテン文字です。

Unicode Consortiumも、ラテン文字は非常に多くの言語で使われる文字体系であり、ラテン文字とキリル文字の双方が広範囲の言語に使われているものの、ラテン文字の使用言語数は特に多いと説明しています。

英語、スペイン語、フランス語、ドイツ語などを思い浮かべれば分かりやすいでしょう。同じ基本文字を使いつつ、言語ごとにアクセント記号などを追加し、それぞれの言語へ適応させています。

これは世界共通文字を考えるうえで大きな実績です。

一つの文字体系を複数の言語が共有することは、すでにできているのです。

ただし、ラテン文字には別の問題があります。同じ文字を使っていても、文字と発音の対応は言語ごとに違います。

スペイン語をある程度読める人が、同じ感覚で英語を読もうとして戸惑うことがあります。ABCそのものを覚えれば世界中のラテン文字言語を発音できる、というほど単純ではありません。

ですから「音と文字の関係が規則的」という競技では、ハングルに分がある部分があります。

ところが「明日から世界中で使えますか」という競技にすると、ラテン文字には巨大な先行者利益があります。

本、道路標識、学術用語、インターネット、キーボード、学校教育、人名や地名の表記。何世代にもわたる蓄積があります。

ゼロから選ぶ大会なのに「もう普及しているから有利」は反則ではないか、と言いたくなりますが、現実社会という競技場では、この反則選手が非常に強いのです。

キリル文字――ロシア語だけの文字ではない

次はキリル文字です。

日本ではロシア語の文字という印象が強いかもしれませんが、キリル文字はロシア語だけのものではありません。複数の言語で使われ、歴史上はギリシア文字から派生した文字体系の一つです。

ここから分かるのは、「一つの文字体系を複数の言語で使う」こと自体は決して珍しい発想ではないということです。

しかも同じ文字体系を使う場合でも、各言語が必要とする音に合わせて文字を追加したり、正書法を整えたりできます。

この点は、後ほど「ハングルを世界へ拡張できるか」を考えるときのヒントになります。

日本のかな――日本語では優秀でも、世界大会では条件が変わる

さて、われわれの身近な選手も出してみましょう。ひらがな・カタカナです。

かなは、日本語の音節・モーラをかなり素直に書き表せる文字です。「か」を見れば、基本的には「か」と読めます。日本語を表すという目的では、非常に使いやすい仕組みです。

しかし、世界中の言語を書こうとすると事情が変わります。

日本語では普通に区別しない子音や母音がありますし、子音だけが連続する言語もあります。外来語を書こうとして「ヴァ」「ティ」「ファ」といった組み合わせを追加してきたことからも、日本語本来の音体系だけでは足りない場合があることが分かります。

ここでかなが「悪い文字」になるわけではありません。

むしろ重要なのは、文字は普通、それを使う言語の特徴に合わせて発達するということです。

これはハングルにも、そのまま返ってくる問題です。

ハングル――設計思想だけで競うと、やはり強い

ではハングルへ戻りましょう。

基本字母の数は限定され、子音と母音を分解でき、それらを規則的に組み合わせて音節を作る。さらに基本子音の一部では、発音器官と字形の関係まで設計思想として示されています。

「いま何もないところから、人に覚えてもらう表音文字を設計してください」と頼まれた場合、この発想はかなり魅力的です。

少なくとも、数百年、数千年にわたる歴史的変化を経た文字と比べて、なぜこの文字がこの形なのかを説明しやすいという強みがあります。

ここまでなら、「やはりハングルが優勝ではないか」と言いたくなるところです。

ところが、授業というものは、学生が「分かった」と安心したころに次の問題が出てくるものです。

ハングルにも「世界共通文字」として困るところがある

最大の問題――世界には韓国語にない音がある

まず非常に大切な点です。

現代ハングルは、現代韓国語を書くために使われている文字体系です。

韓国国立国語院は現代ハングルの基本字母を24字として説明しています。そして韓国語の外来語表記にも、現行の字母と韓国語の音韻体系に基づいた規則があります。

しかし世界中の言語には、韓国語で通常区別されない音もあります。

そのため、現在の韓国語表記規則をそのまま世界中の言語へ持っていけば、異なる音を同じように表さざるを得なくなる場合があります。

「ハングルは表音的だから、現在のハングルだけで世界中の言語を完全に書き分けられる」と考えるのは行き過ぎです。

もし本当に世界共通文字として採用するなら、必要な音に応じて字母を追加したり、古い字母を再利用したり、新しい組み合わせ規則を作ったりする必要が出るでしょう。

つまり、世界共通文字として有力なのは「現在の韓国語用ハングルをそのまま使う案」というより、ハングルの設計原理を土台にした拡張体系なのかもしれません。

「発音を正確に書ける文字」が、必ず一番便利なのか

もう一つ、少し意外な問題があります。

われわれはつい、「話した音を正確に書けるほど、良い文字だ」と思います。

確かに外国語の発音を習う場面なら、その考えはよく分かります。

しかし日常の文章では、文字は単なる録音装置ではありません。

同じ言語でも地域によって発音が違うことがあります。同じ単語の発音も時代とともに変わります。それでも綴りを共通させておけば、異なる地域や世代の人が同じ文章を読むことができます。

さらに文字には、単語を見分けたり、語の構造を示したり、過去の文献とのつながりを保ったりする役割もあります。

つまり、

「発音を忠実に写す性能」と「社会で長期間使う文字としての便利さ」は、同じ評価項目ではないのです。

ここまで来ると、話が単純な「ハングル対アルファベット」ではなくなってきました。

実は「世界の音を書く」だけなら、別の強豪がすでにいる

ここで、これまで控室で待っていた選手に登場してもらいましょう。

IPA、国際音声記号(International Phonetic Alphabet)です。

国際音声学会はIPAを、さまざまな言語の音声を音声学的に表記するための国際的な記号体系として維持しています。

つまり「世界の言語の音をできるだけ区別して書きたい」という目的だけなら、われわれは約600年前の朝鮮王朝へ戻って一から考えなくても、すでに非常に強力な道具を持っているわけです。

そこで当然、こういう疑問が出ます。

「ではIPAを世界共通文字にすればいいのでは?」

なるほど。しかし皆さん、辞書の発音欄で見かけるあの記号体系を、明日から新聞、小説、役所の書類、家族へのメッセージにまで使いたいでしょうか。

IPAは音声を細かく記述するためには非常に有用です。しかし、音声学的な記録を目的とした体系と、日常生活で大量に読み書きする正書法では目的が違います。

これはなかなか大事な発見です。

「音を最も詳しく書ける文字」を探す競技と、「世界中の人が毎日使いやすい文字」を探す競技は、そもそも別の競技なのです。

もし火星に新しい国を作るなら、ハングルを選ぶだろうか

ここで、少々SFめいた思考実験をしてみましょう。試験には出ません。

人類が火星へ移住し、世界各地から来た人々で新しい都市を作るとします。

そこでは地球上の既存文字を特別扱いしません。ラテン文字がすでに普及しているという事情も、各国の学校で何十年も教えてきたという事情も、古い道路標識もありません。

要するに、本当に「ゼロから文字を選べる」と仮定します。

その条件なら、私はハングルをかなり有力な候補として審査に残してよいと思います。

理由は、少数の基本要素を規則的に組み合わせられること、子音と母音を区別できること、音節のまとまりも視覚的に示せること、そして新しい字母を体系的に追加するという発想と相性がよいことです。

ただし、選ぶのは「現在の韓国語表記をそのまま移植したもの」ではないでしょう。

各言語で必要となる音を調査し、どの程度まで区別するかを決め、新しい字母や綴りの原則を整えた拡張ハングルのようなものを考える必要があります。

ここで重要なのは、この「拡張ハングル」は現実に世界標準として採用されている制度ではなく、この記事で合理性を考えるための仮想案だということです。

そして、そこまで改造するのであれば、「もう新しい文字体系を作っているのと同じではありませんか」というツッコミも当然成立します。

まことにその通りです。

しかし、そのツッコミこそ面白いところなのです。

なぜなら約600年前の人々もまた、「既存の文字だけでは自分たちの言葉を書き表すのに不便なら、目的に合う文字を設計できないか」という発想に立ったからです。

ところが地球では、「合理性」より強いものがある

では火星から地球へ帰ってきましょう。

地球で世界共通文字を決めようとした瞬間、ハングルに限らず、新しい文字体系には巨大な壁が立ちはだかります。

それは歴史そのものです。

文字には、ただ音を書くだけではなく、何百年、何千年分もの文化が結びついています。

  • 文学作品や歴史資料
  • 法律や行政文書
  • 宗教文書
  • 人名や地名
  • 学校教育
  • 道路標識や公共表示
  • キーボードや入力方法
  • 書体や印刷文化
  • 民族や地域のアイデンティティー

文字を変更するとは、単にキーボードのキーを交換する話ではありません。

過去に書かれた膨大な文章との接続をどうするのか。現在使っている人々に新しい文字を誰が教えるのか。固有名詞をどう転写するのか。世代間で読み書きの断絶が起きないか。

考え始めれば、技術より政治と社会の話のほうが大きくなってきます。

ここで最初に作った審査表へ戻ってみましょう。

比較軸 ハングル ラテン文字
基本原理の分かりやすさ 規則的な設計が大きな強み 長い歴史変化があり、字形と音の関係は単純ではない
音を要素へ分解する仕組み 子音・母音を字母で表せる 子音・母音を文字で表せる
多言語への対応 世界共通化には追加設計が必要 すでに多数の言語が拡張して使用
デジタル利用 Unicodeで広く扱える Unicodeで広く扱える
世界規模の移行コスト 新規採用なら非常に大きい 既存の普及基盤が圧倒的に大きい

こうして見ると、面白い逆転が起こります。

文字の設計だけを審査すればハングルは強い。しかし社会全体の合理性まで含めると、すでに広く使われているラテン文字が非常に強い。

合理性とは、文字そのものの美しい設計だけでは決まらないのです。

「ハングルは世界一優秀な文字」と言ってしまってよいのか

ここで、インターネット上で時々見かける表現にも触れておきましょう。

ハングルについて、「世界で最も科学的な文字」「世界一優秀な文字」「ユネスコが世界一の文字と認めた」といった言い方を目にすることがあります。

しかし、文字体系全体を一つの物差しで順位づけする国際的な公式ランキングがあるわけではありません。

『訓民正音』の解例本はユネスコの「世界の記憶」に登録されており、その歴史的価値は国際的にも評価されています。しかし、それは「ユネスコがハングルを世界一優れた文字に認定した」という意味ではありません。

歴史的価値が高いこと、設計原理が興味深いこと、世界共通文字として最適であることは、それぞれ別の主張です。

ここを分けて考えたほうが、むしろハングルの本当の面白さがよく見えてきます。

では結局、ハングルは世界共通文字になれるのか

ここまでの話をまとめると、答えは少し条件付きになります。

人類が歴史も既存インフラも持たず、本当に文字をゼロから選ぶなら、ハングルの設計思想は世界共通文字を考えるうえで非常に魅力的な候補です。

ただし、現代ハングルをそのまま世界中の言語へ当てはめれば済むわけではありません。

韓国語にない音への対応が必要ですし、「どこまで発音差を文字で区別するのか」という正書法の設計も必要です。

そして現実の地球では、ラテン文字、キリル文字、アラビア文字、漢字、かなをはじめ、すでに人々の生活と歴史に深く根づいた文字体系があります。

そのため、世界共通文字を採用する「社会的な合理性」まで考えれば、ハングルが一番だと簡単に断定することはできません。

しかし、この思考実験をしてみると、別の重要なことが見えてきます。

600年前の本当の驚きは、「文字は設計できる」と考えたこと

私がこの話で一番面白いと思うのは、「ハングルが世界大会で優勝するかどうか」ではありません。

約600年前の朝鮮半島で、自分たちが話している言葉をどうすれば書きやすくできるのかを考え、文字そのものを設計対象として捉えたことです。

われわれは普段、文字を空気のように使っています。

日本語を話せば漢字やかなを書く。英語ならABCを書く。それがあまりに当たり前なので、「なぜこの形なのか」「なぜこの単位で音を書くのか」と考えることはほとんどありません。

しかしハングルの歴史を見ると、文字もまた人間が問題を解決するために作り、改良し、社会へ定着させてきた道具なのだと気づきます。

そう考えると、「世界共通文字をゼロから作るなら?」という少々突飛な問いも、単なる空想ではなくなります。

文字をどう作れば人は読み書きしやすいのか。どこまで発音を正確に表すべきなのか。一つの文字体系を違う言語が共有できるのか。そして、合理性と歴史が衝突したらどちらを選ぶのか。

これは600年前にも、そしてデジタル社会を生きる私たちにも通じる問いです。

世界共通文字がハングルになる日は、おそらく簡単には来ないでしょう。

けれど「もし文字を一から選び直すなら?」と考えた瞬間、私たちは約600年前、文字を新しく設計しようとした人々と、よく似た問いの前に立っているのです。

よくある疑問

スペイン語も表音文字ではないのですか?

はい。スペイン語が使うラテン文字は、音を表すアルファベットなので表音文字の一種です。

ただしラテン文字はスペイン語だけの文字ではありません。英語、フランス語、イタリア語など多くの言語で共有されています。また、同じラテン文字を使っていても、文字と発音の対応規則は言語ごとに異なります。

ロシア語のキリル文字も表音文字ですか?

はい。ロシア語で使われるキリル文字もアルファベットの一種です。

そしてキリル文字もロシア語専用ではなく、複数の言語で使われています。「一つの文字体系を複数言語で共有する」という点では、世界共通文字を考える際の重要な実例です。

では本当に世界共通文字を作るなら何が一番よいのでしょうか?

何を優先するかで答えが変わります。

既存の普及率と移行コストを最優先するならラテン文字が非常に有利です。文字の規則性や設計原理を重視してゼロから考えるなら、ハングルは興味深い候補になります。音声を精密に記録することだけが目的ならIPAという別の体系があります。

つまり「一番合理的な文字」を決める前に、何のための合理性なのかを決めなければならないというのが、このコラムの最終的な答えです。